一級建築士事務所 ひらだて設計
SideStory -1-
 魔が差したのは高校卒業のときでありました。
私は、工業高校、機械科に就学していたのですが実習以外は面白いと思った事がなかった。
就職シーズンに入り私は、どこかに進路を決めなければならなかったが持ち前の「どうにかなるさ的いいかげんな性格」で特に何も考えずに生きていたのだが、もう卒業も近ずきとにかく進路は決めなければならず先生と話をすることになったのだが・・・
そのときの先生曰く「お前の父さん歳ナンボだ。」 「50です。」「まだ若いな。」「・・・」「大学行け。」「あっ、はぁ・・・」その時の学業の成績は中の下ぐらいの成績でとても大学へ行けるようなレベルではなく、少しまじめで休まなかったおかげで推薦してくれると言うので2校受験することになった。
 そのときに「どうも機械科はおもしろくないなぁ」と思い何も知らずに「建築科がいいなぁ」と思っただけで(建築とは何をすることかもわかってなかった。)建築科を受験した。
まず、金沢の工業大学は不合格、駄目だった答案用紙の質問の意味もわからなかった。続く北海道の工業大学なぜか合格、面接官に気に入られた?かな。はれて建築工学科へ入学です。
 
 ここでもほとんど勉強と言うものはした事がなく(親は泣いてます)「酒呑んで、野球やって」という生活だったがそうこうしているうちに卒業が近づき(まだ卒業に2単位たりなかったが)就職先を決めなければならなかったがここでもまだ持ち前の性格は変わっておらず、こともあろうに合言葉は「俺たちに明日はない」であった。その日がよければいいと将来などと考えたことがなかった。
 しかし就職はしなければ親に迷惑ばかり掛けてもいられず求人票を見に行ったところ友達から「おいっ、お前にぴったりのところがあるぞ!」と言うので就職条件の欄を見ると「野球経験者優遇」と記されてあったのだ。さっそく面接に行ったのでありました。なんと他に同じ科から優秀な人が二名受けていたそうなのだが卒業見込みも出ていない私一人が採用になってしまったのでした。(申し訳ない)
 なんとその会社が建築設計事務所だったのです。「芸は身を助ける」と先生に言われたのはこの時でした。
ここが人生の1回目のターニングポイントだと思っています。

つづく・・・ 
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製作・著作 ひらだて設計 代表 平舘 敦
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